作品担当 井上英樹です。
当店の別注やお客様のオーダーとして、色々なオリジナル作品を制作し続けています。
白生地をどう染めるか?という染めの着物や帯は、他でも見ることができますが、織物になるとその難易度はけた違いに上がってきます。
というのも、ある程度まとまった制作点数がないと動けなかったり、そもそも、経糸・緯糸の重なりで出る色味や風合いの見当が付かず失敗してしまったり・・。
ですが・・ついに出会ってしまったのです。
絶妙の風合いと、洒落た色味を西陣織をベースに作りこめる染織家「勝山さと子」さんに。
さと子さんは西陣織の名門 勝山織物に所属する染織家で、お兄さんはあの勝山健史さんです。
健史さんは古代の裂に見るような極限の美を追い求め、養蚕から塩蔵の繭の制作、製糸、織までを手掛ける稀代の染織家。
対して、さと子さんは「カジュアル」な世界観にも通じており、同じDNAを持ちつつも、少し異なったスタンスをとる染織家。超高品質な織機作品のプロデュースもできる西陣織のスペシャリストです。
勝山織物さんにお邪魔して、打ち合わせするときには色々話をするのですが、「綺麗な織物」へのアプローチが違うとここまで発想は飛躍していくのかと圧倒されてしまいます。
先日入荷していた「アルパカのコート地」は保温性・携帯性という実用性を美しい織物に添加するという、実にさと子さんらしいアプローチの作品でした。
さと子さんは「創作」ということが本当に大好きな方で、合うたびに新しい織物の試作品を見せてくれます。その試作品を見て、どう感じるかを話し合えば、作品に新しい道筋が生まれていきます。その時間を非常に大切にされる方です。
さて、半年ほど前でしょうか。洛風林の堀江麗子社長のご紹介で勝山さと子さんにご縁をいただき、私の考える織物のことを話していた時です。
「薄い羽織もので気の利いたものがないんですよ・・」
「そうなんですね、作ってみましょうか」
というさと子さんとの会話が偶然あり、そこからこのプロジェクトが始まったのです。
まず、なぜ気の利いた薄い羽織ものがないのでしょうか。私が思うに、着物用に作られた着尺から羽織を作るという時点で、本当の意味で良い羽織を作ることは難しいです。
というのも、着物として着る以上は、ある程度の厚みがあるしっかりした織物を作る必要があります。また、あまりに艶が強すぎると品が悪くなります。
対して私が考える薄い羽織というのは、セミの羽のように薄く、また落ち着いた艶めきがあることがイメージでした。
やっぱり、専用で制作しないといけません。
「ドレッシーにも、ある程度カジュアルにも対応できる市松の織り柄」
「市松は正方形に近く、また、あまり角ばらないように丸く(ふにゃっと・・)」
「上品な艶があること」
「透け感とシャリ感」
織上がりの目安として用意したのは「駒上布」。強い撚りをかけた糸によるシャリ感と美しい透け感が特徴の最高級の夏塩沢です。
夏の時期にきたあるお客様が、「この駒上布で羽織を作ったらきれいでしょうね~」と言われたことがあり、それが非常に印象に残っていたこともあります。
京都へ行くたびに勝山さと子さんに時間を作ってもらい、打ち合わせを重ねに重ねました。
最終的には「駒上布程のシャリ感ではなく、少し控えめにして、柄の反射とドレープがきれいに出るように」という方向にまとまり、制作が進んでいきました。
また、薄い織物を織り上げるには手機では限界が生じてきます。一定の力加減で織り上げ、また精密な表現になってくると、織機の方が良い場合が多々あります。
と言っても、今回のように市松の柄を加えた薄い織物となると、通常のスピード感「ガチャンガチャンガチャン」ではとても不可能。ということで、手織りよりもむしろ遅いスピード「ガッチャン・・・・ガッチャン・・・・」に調整する必要があります。
そして、この柄が曲者で、どんなゆっくりなスピードでも目を離すと織り難が出てしまうそうです。そのため、製織を担当する職人さんが、じっと一反上がるまで見守る・・というある意味で手機よりもはるかに手がかかる方法での制作となりました。(本当にご面倒おかけいたしました・・・)
また、美しい織上がりを実現する糸の選び方にも苦心されたと聞きました。
シャリ感を出すための撚糸は緯糸だけに特殊な糸で、経糸は練った糸で制作されたそうです。これは控えめで品の良い艶と極上の着心地を産みます。その反面、特殊な緯糸は染め上がりの色が濃くなりやすくコントロールが困難、薄い色のピンクは濃すぎて染め直したそうです。
また、薄い織物を織るための「糸を細くする」「糸の間をあける」という手法もこの柄のおかげで大変に。というのも、織物の目がずれる「スリップ」という現象がことさら起こりやすく、ベストなバランス感を目指して調整を繰り返したそうです。
実はここまで薄い織物を手掛けるのは勝山さと子さんだけでなく、勝山織物の歴史の中でも初のことだったのです。例えていうならスポーツカー的な織物、加速もブレーキもハンドルもピーキー(peaky / 極端の意)に調整された暴れ馬です。でもその迫力は全てを魅了してしまうのです、虜になってしまうのです。
さまざまな困難を乗り越えて、今回お店に到着した薄い羽織専用の織物は、実に軽く、透け感も良く仕上がっていました。また、その程よい艶と発色はエレガント。本当に完成度の高い一反でした。
そして、この一反はこれからの制作ベースとしての機能も持っています。
例えば、お色味を変えてのオリジナルカラーの制作や、厚みや密度を変えて冬用などの季節変更もできるのです。この記事をお読みのあなたのこだわりに、完璧にお答えもできてしまうのです。
織物のプロであるさと子さんとの作品制作は、私にとって本当の意味で勉強できる機会です。織物の持つ地風や、雰囲気、風合い・・これからも探求しがいのあるジャンルだと心から思います。
作品担当 井上英樹