作品担当 井上英樹です。私の妻は山形県の米沢出身。実家は老舗の和菓子屋さん。出羽の織座さんはそのお菓子屋さんのお客様だったのです。そんなご縁もあり、私がこの呉服の仕事を始めて比較的早い時期からのお付き合いになります。
今、思い返すと出羽の織座さんが専門にする「自然布や古代布」といった通好みのジャンルに右も左もわからないうちから触れてきたのは、なかなかの勇気だったような気がします。
当然ですが、最初に送ってもらった科布やぜんまい織の帯やバッグの選定は私には到底できず、「きれいなもの」を敏感に見分ける、コーディネート担当 母和子が選んで、わけもわからず終わった記憶があります。
それから約5年間、自然布の書籍を読みこみ、山村さんに会いに行き、また、様々な染織作品を見分け。そしてコーディネートへの組み込み方、似合わせ方を母から学び続けてきました。
「良いものを見続けると、良いものがわかるようになる」
とは、本当のことです。今回ご紹介する帯は、他と比べようのないほどに良いものと言い切れるからです。
出羽の織座 戸屋優 「草布帯 変り捩り織」の名古屋帯
これは出羽の織座さんから発表された「草布帯」です。山からむし・しな・麻・藤・いらくさの5種類の植物から手績みの糸をつくり、通常の平織よりも多い三枚綜絖を駆使する捩り織(経糸を交差させて絡める織り方、隙間ができる)で織り上げられた八寸帯。
遠目には無地の帯に見えますが、近くに寄って見てみると、色の違う糸が絡み合う複雑な構成の織物です。
これを見たとき、率直に「なんと綺麗な織物!」と思いました。
いわゆる自然布は糸の持つ素朴な雰囲気を生かし切るため、どこか朴訥なデザインを施すか、または無地で通すかという方向に行きます。このため、最終的な仕上がりは良い意味でも悪い意味でも、味わい深さや、野趣を感じさせるものになります。
糸自体がひっかかりやすく、織進むことが難しいこともあり、織物としてのきれいさに欠ける場合も多々あります。
琉球王朝の衣服であったり、献上されるための美しい配色をたたえる、綺麗な色の芭蕉布や上布と比べると、生活に根差したルーツを持つ自然布は、特に「野趣」を感じます。
そもそも、美しいものというのは、精緻さや華やかさもって使う言葉だと思います。いわゆる錦織(にしきおり)のような織物は、誰が見ても綺麗だと感じるはずです。
ですが、今回の「草布帯」を見たときに、心から綺麗だと感じてしまうのはなんででしょうか。
それは、この帯を織り上げた「戸屋 優(とや まさる)」という人に秘密があります。
作品にまつわるストーリーやバックグラウンドを出羽の織座の山村幸夫さんに詳しく聞きました。山村さんは、原始布の復興に尽力した山村精(やまむらまさし)さんのお嬢様 洋子さんのご主人にあたり、現在は志を継ぎ、資料館の館長も務めています。ことあるごとにお話を伺う、私にとっては古代布・自然布の先生でもあります。
曰く、戸屋さんは、空引機という旧式のジャカード織りから経験を積み、西陣織の緻密な技法を納め、さらに各産地で経験を積んだ後、米沢に着いた生粋の職人。驚異的に緻密な作品を織り上げることもできる、まさに織りの名手だったのです。
この帯は、質の違う五種類の糸を手績みし、ゆるく撚りをかけて糸にします。さらに、それを捩り織という高度な技法で織り上げるため、単純な話、技術のある方でないと布として織り上げることができないのです。
本当に良い職人は手仕事の跡をかんじさせない。という話を聞いたことがありますが、粗野ではない精緻で美しい織物を織り上げたのは、この戸屋さんという人があったからなのです。
また、その糸のもつ風合いにも秘密があります。
先に書きましたが、この帯を構成するのは、甘い撚りをかけた手績みの糸です。撚りをかける際には旧式の糸車を使い、手でゆっくりと進めたそうです。これは、機械を使った糸の作り方に比べて、一本一本の糸にランダムな風合いが残りますので、布として見たときに表情が非常に豊かになります。
表情の豊かな糸を精緻な技術で織り上げる。この、常人では絶対に成しえない領域が、この美しさを産みだしたのではないでしょうか。帯の全体を見渡すと、風に揺れる麦の穂のような豊穣の光景を目にすることができます。ああ、幸せな光景。
・・と、複雑に書いておいてあれですが、パッと見たときに「綺麗!」と思えたのは、それだけ作品にオーラ?があるからだと思います。ゆっくりと時間をかけて、丁寧に織られた布はきっと何かが宿ります。
そして、その宿った何かに反応ができたのは、きっと、良いものを見せてくれる先生方のおかげでしょう。私はもっともっと良いものが見たいし、皆様にも見せたいのです。この帯は、私の原風景に戻れた得難い作品です。
今、戸屋さんはご高齢ということもあり、機を動かしておられません。もしかしなくても、このような作品は今後手に入れることはできないでしょう。一生のうちにこのレベルの作品に間に合うことができて、私は嬉しいです。
作品担当 井上英樹