作品担当 井上英樹です。
2月は本気で入荷ラッシュになっています。特に、色々な作家さんにお願いしていた別注品が次々と完成、お店に着々と到着しています。
大体、想定のうちの作品が届くのですが、今回の綿薩摩は見た瞬間、「あれ、ちがうぞ!?」となったのです。
私が頼んだのは「地色が白に近い明るい生成り」「グレージュ系の緯糸・ポツ絣を全面のみ」というインスピレーションでしたが、届いた反物を見たときに「薄い藤色」の縞が加えられていました。
ですが、この「加えられた縞」からとある物語が始まるのです。
綿薩摩は永江明夫さんという方が都城で完成させた織物で、本場大島紬の締機(しめばた)という技法を極細の綿糸に応用して織り上げる綿の着物です。
綿といえども、その柔らかさ、品の良い光沢、絣の美しさは絹をしのぐとも言われ、お洒落着物の中でも「最後に行きつく」と言われるほど通好みな織物です。
その着心地と美しさに感動した武者小路実篤に「手織絣 誠実無比」と言葉を贈られたのも有名なエピソードです。
現在は永江さんは亡くなっており、その技術を継ぎ、また自身の感性を融合させ、現代的な染織作品として発展させたのが 谷口邦彦さんです。
谷口さんについてですが、この方は工場長的な雰囲気を良い意味で纏わない、機屋さんというよりは純度の高いアーティストです。
音楽に造詣が深く、そのリズム感やインスピレーションをデザインに生かすことでも有名です。
一度お会いした時には本当にお洒落な方だな・・と思った記憶があります。レザーのジャケットがお似合いのダンディーな紳士でした。
基本的に受注を受けての制作は少なく、自身の感性の意匠を追求するアーティストです。今回は谷口さんと日頃から深いお付き合いのある問屋さんの発注に乗って、特別にお願いを聞いていただきました。
発注時は納期未定、ひたすら待つこと1年弱。
入荷した作品は当方の思う「ポツ絣(ポツポツしたドットのような緯糸の絣)」に縞を加えた独創的な作品でした。
正直、最初見たときには「あ、しまった・・」と感じたのですが、その筋から詳しく話を聞くと、この縞には強い思いがあることがわかりました。
というのも、谷口さんのこの全面ポツ絣はこの縞をもって完成するアート的な意匠だそうです。
また、新しい表現を追求するアーティストとして、同じ柄を追いかけることよりも、新しい表現めがけて、常に進み続けることが谷口さんの「らしさ」なのです。
例えば、あなたが何枚もお皿を割りながら、納得した一枚を焼き上げた陶芸家だと思ってください。同じものを気安くもう一枚作ってと頼まれても、ムッとすると思いませんか?
そう、あたらしい作品へ話をすることが、この場合の正解です。
この綿薩摩は、谷口さんが一人のアーティストとして、私の発注のために他にない作品として提案してくれた希少な一反なのです。
最初に見たときに、発注とは違う世界観に戸惑いましたが、その出会いでは嫌な印象は全く持ちませんでした。
不思議なもので、お店に持ち帰って、よくよく眺めてみると、その個性がだんだんと腑に落ちてくるのです。高度にお洒落な名作なのです。
また、緯絣だけのポツ絣はインターネットで見ましたが、この綿薩摩のような薄藤色を配色したものは存在しないようです。まさに、他にない新しい趣向のポツ絣なのです。
何種類か地色がある中でも白に近い発色をお願いしており、そこに緯絣だけでは、きっと気分ではなかったのでしょう。まさにアート。いいじゃないですか!
この作品に出会った瞬間に感じた賛否両論は、心を動かす作品だけが持つ、強さ。
結果として、本当にお気に入りの大切な作品になりました。
すっきり単衣にお仕立てするといいかもですね。自分も欲しい。
作品担当 井上英樹