
上質な織物にすら匹敵する、驚異の質感を持つ染め帯が完成しました。
こちらは、インドのアジュラクプールにある「アジュラック・ブロックプリント」の工房に外国人として唯一の在籍。現在は日本と現地を行き来しながら制作する向井詩織さんに創作をお願いした名古屋帯「No.439」です。
向井さんはポリシーとして同一の作品を一切作りません。そのため、作品には通しの番号があり、こちらは439番目の作品です。帯地として制作は初めてとのこと。
アジュラック・ブロックプリントとは
インドは伝統的な工芸の大国。染物や織物に手仕事の技法が残り受け継がれています。アジュラックという染料を使ったブロックプリントもその一つ。向井さんは単身でインドに渡り、現地での作品制作に携わっています。
日本でも伝統的なブロックプリントとして「木版染め」があります。これは木に染料を付け布にたたきつけることで染める技法です。しかし、このアジュラック染めは全く異なるアプローチをします。草木で先に布を染め、その草木染に反応する染料を重ね、色を浮かび上がらせる手法です。
現地では鮮やかでかすれやにじみなどのないものを良しとします。しかし、向井さんはかすれやにじみを大胆に取り入れることで、またさらに違った世界観をつくることに成功。
そして、染料を開発してしまう
新型コロナウイルス拡大の時期にはインドに行くことが難しく、日本国内では個展を中心に活動されていました。

しかし、向井さんは行動力の人。日本でも作品制作を行うため、京都の田中直染料店さんとアジュラック染料をなんと開発!日本各地で開催するワークショップやキットの販売を通じ、アジュラックの技法を広める活動もしています。
なければ作る、この哲学には共感しかない。

圧倒的な迫力の作品群

運よく向井さんが帰国しており、東京都内で個展をやるという情報を聞きつけ、お邪魔することにしました。
作品たちはinstagramやオンラインを通じて、色の感性を中心に見ていました。しかし、実際に見て感じるのはその圧倒的な迫力と存在感。かすれやにじみといった余白が布をあまりにも立体的に見せます。

作品のサイズは思っていた以上に大きく、壁を覆うほど。大型の作品に対応するブロックはとても大きく、帯への転用は現実的ではありません。
そのことを聞いてみると「小さい型も作ります」と頼りになるお言葉。
帯にアプローチする作品

帯として締める場合、どうしてもモチーフのあるものが合わせやすい。星をテーマにした作品は事前にチェックしておきました。実物で見ると迫力のあるサイズ感。そして、布の一部を溶かすことで透け感を出すという、帯には即転用の難しい作品でした。
しかし、向井さんと現場で話すことができたのは良かった。意向を汲んでいただくことができました。大きなものを得意とする作家さんと、小さなものを得意とする作家さんは技法や世界観の面で隔たりが大きく、難しい面があります。ですが、そこは作品を作り上げるセンス。帯に落とし込んで制作をいただくことができました。
着物の帯として、合わせる

帯として出来上がったのはこちら。ミロバランという染料で出された芥子色(からしいろ)に黒がざらりと質感高く効いた作品です。染物ではあるのですが、織物のような自然な立体感が生まれました。力強い作品です。


当然ですが、織りの着物に強烈に相性が良いです。白鷹御召、本場久米島紬に合わせましたが、絣や格子の柄に映え、そして調和します。柄の大きさも程よい。色々な帯締めや帯留めも合わせやすい。

そして、黒の本場黄八丈にも合いました。強烈に質感の強い、屈指の着物にも負けずに合う染め帯は多くはありません。垂れ無地ですっきり合わせると良さそう。
アーティストの力を借りて、着物心に火をつけたい
今、着物の界隈では作品を発表しない染色家の方に創作もお願いしています。どこかで見たようなものだけでは、きっと飽きてしまうからです。色々な意味で初挑戦の領域に向井さんも一苦労されたそうです。
ですが!その努力が実ったことはたまらない嬉しさ。まさに今を生きている作品の登場です。そして和装の歴史が一歩進みました。日本の伝統的な和に異国の風(アジュラック・ブロックプリント)を吹かせたこの新しい帯。私たちには、いつもの目にする帯でありながら、どこか異国感が漂うパワーを感じるのはインドの技法と向井さんの熱い想いが込められているから。
そして私たちも「強さ」「迫力と渋さ」「布としての愛らしさ」から新しいコーディネートへのインスピレーションを受けました。ね、「どこにも無い帯」っていいでしょう?
作品担当 井上英樹