重要無形文化財の越後上布、着尺。
究極の夏着物「上布」の中にあって「西の宮古、東の越後」とも称される、至高の逸品。
着尺は現在 産地全体でも20反程度しか上がらず、見ることがまず難しい、幻の織物。
当たり前ですが、中々気に入ったものには出会えません。
私は決めました、こうなったら「別注」でいこう。
動き出す「越後上布 別注プロジェクト」
制作を依頼するルートは当然持っているのですが、数年がかりとなるプロジェクト。
様々な産地を訪れた経験から「現地には普段見られない図案がある」と理解しています。
年に数回都内で行われる展示会では全てを俯瞰するのは難しいと判断。
産地の問屋さんと調整を付けてもらい、日にちを決めて現地に向かいました。
小河正義さん・原久史さんに会う
まずは、去年(2020年)7月、現地の様々な工房を回る日程に合わせて「小河正義」さんとお会いする段取りを付けました。
現地では小河さん、工房に所属する絣つくりの伝統工芸士 原久史さんも同席。
トップで走るお二方と密度の濃い打ち合わせ。
さすがに最高級品の制作ともなれば緊張感があり、なかなか難しいし迷います。
小河正義さんは、日差しの入る窓際で機嫌よく煙草を吸いながら
「お兄ちゃん、男は、細かくっちゃいけないよ」
安倍晋三元首相と撮った記念写真を見せながら
「これは、俺が小さいんじゃない、阿部さんが大きいの!(小河さんは小柄)」
とニコニコ笑って場を和ませてくれたのが印象的でした。
小河正義さんが急逝
その後、東京の展示会に原さんがいらっしゃることがあり、完成した図案を見る機会もありました。
途中経過や制作のポイントを伺いながら、段々と進んでいることを確認。
特に極上の苧麻を使う織物にありがちなのですが、苧麻の糸の調達が難しく、また、配色や工程が複雑なため、見積もりはどうしても時間がかかります。
それにしても、遅い。
この時点でも見積もりは上がっておらず、どうしたのかと気になってきたころ。
「小河正義さん、亡くなりました」
突然、知りました。
越後上布の着尺が、恐ろしい速度で出来上がる
10月、統括する小河さんが急逝、仕事が止まっていたことを知りました。
御病気はお持ちだったと聞いていましたが、お元気な所しか見ておらず、あまりにも急な話に驚きました。
図案や配色は完成に近く、原さんが仕上げの部分を担当してくれたこともあり、作品は進めることができました。
見積もりも動き出してからはすぐに知らされ、動きが加速していることを知りました。
そして、2021年5月、また驚きの連絡があったのです。
「今までで一番の速度で、別注の着尺が上がって来ました!」
産地で起こった、運命的なこと
大体、作品の用意は時間がかかるため、私は1年先の予定で動いています。
越後上布に関しては「2年から3年、下手すればもっと」という時間軸で動いており、正直言って、この期間であがるとは思っていませんでした。
■新型コロナウイルスの影響で機場が空いていたこと
■糸の染めを担当する職人さんが廃業を決めた関係で、残った着尺の仕事を特急でやってくれたこと
■製織を担当する職人さんが指折りの名手でそもそもの進みが早かったこと(それでも数か月かかる)
■雪が積もった関係で雪さらしがスムーズにできたこと(雪が無いと物理的に不可能)
と、運命的な偶然が重なり、史上類を見ない速度で「越後上布の着尺」が完成したのです。
完成した時、原さんは「小河正義の名前で検査を通します」と言ってくれました。
今後は原さんのお名前で検査を通すことになるため、あの、名麻匠 小河正義さんの名前を冠した越後上布の着尺は、この一反が事実上の最後になりました。
千成堂別注 越後上布の着尺について
今回の越後上布は、以前「菱一の紬担当」さんから譲り受けた越後上布へのオマージュであり、復刻版となっています。
図案は夏塩沢でお世話になっている本田利夫さんの工房が所有しておりましたが、制作スケジュールの関係で無理を言って、小河さんのところでご制作をいただくことになりました。
上がった作品を見たときに
「結構・・そのまんまですね・・」
となってしまったのですが、あまりにも精密な目をもつ原さんの絣つくりが、オマージュを超えた復元にまでに到達してしまったようです。
(この復元、できる人自体が少なく、相当すごいことだったりします)
地色と絣の色は大幅に変更が加えられており、ちょっとホッとしました・・。
地色は白の上がりを強く意識していただきました。
経糸には「さび」と呼ばれるニュアンスのある色を、緯糸には「白」の糸を選ぶことで、爽やかな白さと奥底に沈むニュアンスを表現しています。
縞には、経糸で絣を入れてあるのですが、こちらは「薄めのグレイッシュな藍色」に変更してあります。
織物でよくあるのですが、青みを細かく柄に入れると、目の錯覚で色がさらに白く見えます。
今回のテーマは「透き通るように白い越後上布」であり、ほぼ狙いとしては完成しました。
昭和村で生産される苧麻のなかでも極上品は、越後上布織元の手に送られます。
帯などはまだ見る機会がありますが、着尺に使うこの細さの糸は、めったに見れません。
糸も、現代としては最高ランクのものが使われているとのことです。
当たり前ですが、本当に本当に美しい織物ができました。
作品は人がつくっているのです
前回の越後上布着尺から時間は経っていますが、これが、当店で扱う越後上布の二反目となります。
前回は菱一さんの解散に合わせて入荷。
今回は小河さんの旅立ちに合わせての入荷。
なぜでしょう、私の越後上布の着尺にはそんな儚いエピソードが付いてきます。
「ただの商売、ビジネスです」
私がそのくらいの意識であれば、別にそんなに気にもならないのでしょうが、私の仕入れには確実に「人」が絡んできます。
正直、このエピソード自体もデリケートでどこまで話してよいかは迷ったのですが、でも、取扱いに関わった人のことを書かないのも、違うと思いました。
雪化粧の山々は他になく洗練された風景であり、審美眼を鍛えます。
本質的に美しい織物への道筋は、きっと、その人の見てきたものから生まれ出るものです。
その地を代表する伝説一人、小河正義さんという人が口火を切り、原さんや様々な人と想いが集う。
そんな散る火花のような一瞬にたずさわれたこと。
本当に、貴重なご縁をいただけて、良かった。
心からそう思うのです。
少し、ほんの少し、しんみりしますが。
作品担当 井上英樹