当店はinstagramを更新しています。
もちろん、ご存知の方も多いと思いますが、素敵な写真へは「いいね」を付けることもできますし、また、ダイレクトメッセージを送ってやり取りをすることもできます。
是非、一度会って作品を拝見したい!という作家さんにはこちらから連絡をすることもあるのですが、時には作家さんから連絡をいただく事もあります。
「染織をしています、遠藤と申します」
まさか、この連絡があの遠藤聡子さんからだとは・・・。
小倉織作家 遠藤聡子さん
遠藤聡子さんは北九州に工房を構える「小倉織」の作家さん。
公式サイトのプロフィールによると1988年北九州市生まれとのこと。小倉織復興の一人者 築城則子先生に2011年より師事。2015年に独立され、2016年には手掛けた小倉織絣入帯「夜桜」が第72回福岡県美術展で福岡県文化財団賞を受賞。その後、毎年連続で様々な重賞の受賞を重ねる実力派中の実力派。(あ、ちなみに私 井上英樹1982年生まれです)
私もオンラインや染織展の図録で、その圧倒的な完成度の片鱗は拝見していましたし、いつかお声掛けしてみようかな・・とは思っていました。
その遠藤さんが東京方面にご用があり、お店に寄って、作品を見せてくれるとのこと!素直に驚き、とても嬉しかったことを覚えています。
そんなこんなで当日、遠藤さんがお店に作品たちを持って見えました。
当店のコレクションの中に築城則子先生の帯があり、小倉織の帯自体には面識はありました。
ですが、この遠藤さんの小倉織の帯には「明らかなオリジナリティー」があり、全く違う体験を私たちに届けてくれます。
遠藤さんならでは「絣入り」の小倉織
遠藤さんの小倉織の帯は、先染めの糸の「絣」で織り出す柄が印象的で、他にないダイナミックな表現力があります。
築城則子先生の作品をはじめ、小倉織は縞が基本であり、その縞の繊細な配色のみをデザインとしているケースがほとんどです。緯糸が見えず経糸の縞が濁らず美しく見えるという、最大の特徴が小倉織にはあり、それに絞って表現するのが王道でしょう。
もちろん、そのシンプルな美しさが最大の魅力であり、他に並ぶもののない完成度を見せるのはその引き算の感覚です。ですが、遠藤さんの小倉織にはその縞の魅力に加えて、絣で演出するリズム感やダイナミックさがあります。
「絣を入れた小倉織は今現在は私一人だけだと思います。というよりも小倉織をしている人自体が少ないのですが」
「以前、築城先生も絣入りの小倉織を織っていましたが、少し添えた感じでした。絣柄を目立つようにデザインことが多い私の作品は、雰囲気がまた違うと思います」
と遠藤さんに伺いましたが、一見して目を引き付ける楽しさと、手に取ってじっくりと見たくなる精緻な縞の表情の高度な両立は、まさに遠藤さんの感性のなせる技!他にないオリジナリティーに唸ります。
そして、その精緻な世界観に「あたたかみ」を感じさせるのは、糸にも秘密があります。
遠藤さんの手掛けたこちらの作品は全て「草木染の糸」でつくられています。
「絣も含むグレーはハナミズキで染めました。そのほか栗やギンモクセイで染めたグレーもあります。黄色はシュロ、緑は藍+エンジュ、紫は紫根です。」
とメールでお教えいただきましたが、本当に多種の染料で色を染めてあります。その発色の妙もあり、実に、あたたかい優しさも感じさせてくれます。
また、各縞の横に、グラデーションの要領で糸を配置、色が自然に馴染むような工夫も施してあり、一筋縄ではいかない通好みの作品です。
工芸展入選作品「鉄の音」からの変化
こちらは令和2年 第54回日本伝統工芸染織展で入選、日本経済新聞社賞を受賞した遠藤さんの作品「鉄の音(てつのおと)」をアレンジした作品です。
鉄の音、という作品はその名の通り澄み切ったシャープな印象を絣入りの小倉織で表現した作品です。
お店で作品を拝見した際、こちらの帯の話になりアレンジをお願い致しました。
具体的には「マイルドに見えるように柔らかく」というお願いでした。配色を反転させ、また、絣の柄を少しまろやかな表現にして、解釈をいただきました。
実際に遠藤さんが制作を進めていったところ、鉄の音とは全く異なった中間色の柔らかい雰囲気が表れてきた・・らしいのです。
「夢の中にいるような印象を受けて、微睡(まどろみ)というタイトルを付けました」
とお教えいただきましたが、色味が変わるだけで世界観まで大きく変わっていく、染織とは面白いですね。
制作のちょこっと話
遠藤さんはご自身で全ての工程を行うため、非常に制作数が限られています。伺ったところ「年間で12本くらい・・」とのことで、なかなかに貴重な機会をいただいてしまいました。
また、この帯の制作に入る前、工芸展出品用の作品制作も手掛けられていて、完成まで予定よりも時間がかかりました。
その時に「気が変わっていたら言ってくださいね・・?」とすごく丁寧な連絡がありむしろびっくり。そんなそんな、気なんて変わるはずがありません。むしろお気を使わせていしまい、恐縮でした。
じっ・・と待っておりました。
また、遠藤さんご来店の際、千鳥屋さんのお菓子「チロリアン」をいただきました。千鳥屋さんは福岡がご当地のお菓子やさん。初体験です。
お菓子はもちろんおいしくて、紙袋が妙に気に入ってしまい、しばらく使ってしまいました。
現代に甦り、そして、走り始めた小倉織
緯糸の約三倍の密度で経糸をつかう小倉織は、なめした革のよう、とも言われる滑らかさと張りのある織物です。非常に強度も高く、その昔は「丈夫な布」としても人気があり、武士の袴や羽織にも用いられました。「武士の袴は小倉に限る」とまで言われていたそうです。
しかし、藩の専売制とした際の混乱や戦争、また、安価な機械製の織物の台頭で生産が激減。今でこそ、小倉織作家さん達の活躍もあり、実物を見ることができますが、「素晴らしい裂としての小倉織」は完全に途絶えた時期がありました。
そして、現代において、当然ですが「武士の袴」という需要は基本的には存在しません。ですが、逆に考えれば自由な発想で小倉織という素晴らしい織物に切り込むことができるのです。
小倉織を甦らせた築城則子先生へ、そして、現在も小倉織に携わる作家の皆さまへ。
そして、「素敵さを楽しむ、現代の帯」という新しい世界に挑み続ける遠藤さんに、大きな拍手を送らせていただきたい思います。本当に素敵な作品を誠にありがとうございます!
ニュートラルな色合いをシンプルにコーディネートする
早速、帯のコーディネートを考えてみました。
合わせた着物は下井信彦さんの着尺です。下井紬となっていますが生糸の綾織りですので、いわゆる真綿の紬感はありません。
帯のもつデリケートな色合いをこなすには、中間色の着尺がきっとぴったり、ということで選びました。帯揚げにはうっすらと青みの白よごしを配色、単衣で着ることを想定して、軽やかな帯締めを選んでいます。帯揚げに少し爽やかな色を入れることで、落ち着きの中にスタイリッシュな雰囲気を足しました。
作品担当 井上英樹