お世話になっております。千成堂着物店作品担当 井上英樹です。ご存知の通り、当店は平良敏子先生、平良美恵子先生の率いる喜如嘉の芭蕉布(芭蕉布織物工房)の工房正規作品を取り扱っております。帯を中心に色々な作品を拝見することが多いのですが、めったに見ることができない作品に出合うことがあります。
今回ご紹介する「煮綛(ニーガシー)」の帯を扱うことができるとは、まさか思っていませんでした。地色は九年母(くにぶ)、沖縄の柑橘類のような緑色。優しく朗らかに色を添える黄、経に茜色を効かせて表情豊かに。本当に美しい作品です。
桃栗三年柿八年、それよりも一年長く九がつくそうです。
「煮綛(ニーガシー)」とは草木で先染めした糸を文字通り「煮る」ことにより精練・色素の定着を行います。そのため、熱などに耐えうる糸を厳選します。芭蕉の幹からとる糸はそもそも生産量が限られており、煮るという工程に耐えられる糸をさらに選りすぐるのは、とてつもなく贅沢で大胆なことです。
しかし、その選りすぐりの糸で織る芭蕉布はとてつもなく美しい。
こちらの作品のように多色のものは、現在は作品展などに向けて制作されるのみと聞いています。美しいことは承知でしょうが、全ての工程に最高の技術を結集させる必要があり、現実的に制作ができないのだと思います。(単色のものなどは何となく見かけます。それでも十分貴重ですが)
基本的に私は貴重品ハンターではありません。
「これは二度と手に入らない!」ということをメインにコレクションを増やすつもりはありません。ですが、織物という世界はその手に入らない作品に異常なほどの美しさを感じる作品が存在するのも事実です。この帯に感じるのも、その究極の美しさです。
芭蕉布の九寸帯は伝統柄で織り上げることが原則です。この柄も「銭玉」や「花」の伝統柄です。ですが・・圧倒的に新しく新鮮な魅力を感じてしまいます。それはこの配色とすっきりと収まった縞の表現によるものでしょう。芭蕉布ならではの独特な色合いは伝統的で素朴と感じることもできますが、お洒落な帯として手に取りたくなるようなファッション的な視点も同時にあります。「伝統」か「お洒落」か。どちらでもお好きに・・という希有な存在。
そして、染織作品としての見逃せないポイントは、色の濃く出た横段部分。なんと花織が隠してあります。これにより、作品に生まれる立体感は完成。見応えがあります。
写真では織物の魅力は伝わらない。とよく言う言葉ですが、意匠自体が相当に洒落ていますので、目を惹きつけるのではないでしょうか。
なんとも乱文なのですが、それだけに興奮できる名作です。