仁平幸春 親方と甲斐凡子さん。二人の染色作家さんの工房「Foglia(フォリア)」は東京都板橋区にあります。
「絵画ではなく、着るものをつくる」という確固たる意志、また、本当の意味での「古典の美」への挑戦。おおよそ呉服業界という狭い枠には収まらず、磨き抜かれた作品を世に問い続けています。
この4行を書くだけでも行ったり戻ったり・・な程、言葉で説明できる世界には住んでいない、何ともスケールの大きな方たちです。
新たなる「アンティークレースの帯」への挑戦
当店のオリジナルの図案として描き上げていただいた「葡萄とレース」、前回の作品も大変に高い評価を得たのですが、今回はその図案をベースに、さらに異なった表現を追求しました。
繊細な図案から丁寧に描き起こされたレースは、ヨーロッパ調から、あくまでも「和装の帯」に収まるように調整されています。
仁平さんの言葉を借りますと「シャム猫を三毛猫にする」ということ。ただレースの柄を映したわけではないのです。
また、「図案が一番時間がかかる」と聞いていますが、このデザインが最も力のいる仕事なのです。
そして、今回はアレンジが加えられています。
まず地色をさらに濃い目に変更いただきました。墨というよりも今回は僅かなニュアンスを入れた黒という言い方が正しい色です。また、前柄を増量してもらい、さらに華やかなテイストを意識いたしました。
「帯締めを重ね合わせたときに、最大の効果を発揮するシンプルな前柄」
は仁平さんの作品ならではのテイストですが、今回はあえての増量。目を引くような華やいだ雰囲気を、地色とのコントラストで表現しています。
前回の作品とはまた少し異なったアプローチ、とても素敵に仕上げていただきました!
生地は透け感が控えめなオリジナルの夏紬地を使用。もちろん夏芯を入れて夏仕様にもできますが、少し地厚のカラー芯を入れれば、単衣帯にもお仕立てが可能となっております。
仁平流の琳派「金銀粉押菊文」は新作です
本阿弥光悦が桃山時代に興した「琳派」は着物や帯の世界では定番の世界観のひとつです。
金地や銀地の輝く地色を生かした豪華さ、そのデザイン性の高さ、まさに日本の誇る一つの美の形です。
着物の世界では訪問着などフォーマルの着物や帯によく見られますが、仁平さんが手掛けた作品は一味違います。
金属の粉を顔料と練り混ぜ、木版で一つ一つ染めた作品は、ザラリとした表面の風合いがあり、味わいと遊び心を感じさせます。物理的な意味で、非常に立体感があり、織物のような豊かさがあります。
柄の部分は木版で押して染めてあり、感性の生きた「一発勝負」的な作品となっています。当然ですが、二つとして同じものは存在しませんし、できません。
「本阿弥光悦の謡本の挿絵のムラ感を表現した」と一筆が添えられているのですが、箔使いの豪華さを映すのではなく、作品たちの持つ内面の意味を咀嚼し、あくまでも自身の作品へと昇華しています。
金色や銀色も限りなく味わいを感じさせる、織りの着物に映える洒落た帯です。
生地は梨地。染映えの良い絶妙な生地となっています。
こちらも、生地から染めまでを当店の意向を含み制作いただいた別注品です。
ありそうでなかった、二つの視点
仁平さんとはお会いするたび、作品の考え方や色々な想いを聞かせていただくのですが、非常に印象的なことが二つあります。
まずは「斬新ではなく、古典である」こと。
仁平さんの作品は他にない意匠を大らかに使うため、一見するとポップにも見えます。
ですが、統的な技法や意匠を踏まえた上で、時流に乗った形へと再構築した古典美への挑戦があります。
見た目だけではない、確かな「根」を感じるのはそこ。上部(うわべ)だけではなく、もっと奥深い何かです。
そしてもう一つは「人の手では出せないノイズのようなものを生かす」ということです。
博物館に飾られた収蔵品のように、古典的な技術で一つひとつ描かれたものは、表面に簡単には落ち着かず特有の「ノイズ」を表す、それが美しさを感じさせます。
現代の技術や改良された染料は、そのノイズが出ず、表情に欠けます。そのノイズを人の手で再現しようとすると、どうしても、あざとい仕上がりになってしまい、思うものが出来上がらない。
そのために、糊や生地の表情といった、ある種不確実なものを楽しみ、作品へと織り込みます。
非常に繊細でありながら、絵画ではない。
染色作品でありながら、立体的な表情を浮かび上がらせた、他にない何か。
どちらの作品も、色々な意味で染色を遥かに超越した、迫力のある仕事となっています。
作品担当 井上英樹