奇跡です・・・。これは震えるしかありません。
惜しまれつつもこの世を去った伝説の染織家「菊池洋守」さんの代表作「八丈織の着尺」が入荷しました。
菊池洋守という人
菊池さんは八丈島の染織家。民藝運動の柳家にルーツをもつ伝説の染織家 柳悦博さんに師事。本場黄八丈 めゆ工房の山下家の親戚にもあたります。本場着八丈では使える技法、染色に制限があるため、独自の世界観を作るために、そのラベルを外し八丈織という独自の織物を完成させました。かつては白州正子さんの店「こうげい」でも取り扱いがあり、白州正子さん自身も愛用したそうです。民藝運動の中心人物たちとの交流も深く、その審美眼を磨いたとも言われています。
八丈織という魔物
その菊池洋守さんの手掛ける八丈織は底から光るような美しい艶と、空気を含むような優しさ、なめらかさを誇ります。これは他のどの織物と比べても、一際豊かな個性です。その美しさに魅了された着物好きは数多く、また、各地の名店がこぞって扱いを熱望したため、人気がうなぎのぼりに。ですが、菊池さん一人の手により、全て手織りで制作されるため、流通量があまりにも少なく、驚異的なプレミア品となりました。この織物を手にいれるため、問屋さんに入荷があると仕入れ担当者が早朝から列を作り、開幕と同時にダッシュ、争奪戦を繰り広げたそうです。まさに人を魅了する魔物。これが八丈織です。
当店の取り扱い履歴
私、井上英樹は着物の作品担当としてはキャリアが短く、その争奪戦に参加したことはありません。幸いなことに付き合いのある問屋さんや、着物コレクターから「出たよ!どう?」と特別に話をいただくことがほとんどでした。今までに無地の綾織、草木染の縞、吉野織の三反だけ扱ったことがあります。どちらもすぐに完売となりました。その後もずっと探していましたが、日本全国どこにも情報と現物がありませんでした。しかし今回、久々に再開したのです。
草木染、棒縞の八丈織
今回、入荷した八丈織は「椎染綾織棒縞」という作品です。椎で染めた糸を平織と綾織で織り変え、太めの縞をデザインした作品です。色味は藍鼠とでもしましょうか、ブルーグレー系です。深い艶、優しい雰囲気、これぞな八丈織です。都会的な洗練されたムードと手仕事の暖かみ、素晴らしい完成度です。
着八丈の輪のなから出た菊池さん、自身の思い描いた色味は草木染めだけにとどまらず、化学染料も使用します。色々な作品の履歴をインターネット上や書籍で見ることができますが、比較的化学染料を使った色味が多い気はします。作品の多少だけで評価はできないのですが、私はこの草木染めはかなり数量が少なく、入手が難しいと思っています。一言で希少品です。
菊池さんは仕事が早い
菊池さんは「バッタン」という手織り機を使います。これは投げ杼の織り機に比べると効率がよく織れます。実際に拝見したことはないのですが、菊池さんが織物を織るスピードはとても早かったそうです。染織作家のなかでは「バッタンは邪道!」という方もありますが、作品の仕上がりを優先した結果、選ばれたのでは・・と思います。
織るスピードが速いということは、品質が一定になるという効果もあります。経糸の張りは湿度や天候に影響を受けます。そのため、織る時に数日を跨ぐことは本当は避けたいはず。
質に妥協のない菊池さんを思わせるエピソードです。
織物は糸できまる
織物は糸の集合体です。染織家は糸にこだわります。菊池さんの八丈織の艶や風合いを出すために、糸や染めにはかなりこだわったそうです。織り進めていく途中で、色味が気に入らないと、織りをほどいて染め直したというエピソードも残っています。また、織り機の筬は竹を使い、できる限り糸に負担をかけないようにしたそうです。糸に負担やストレスをかけないこと、手間は段違いですが、このこだわりこそが美しい艶を引き出す秘訣です。
菊池洋守さんの八丈織には袋帯も合います
当店のコーディネート担当 井上和子が帯まわりを選びました。艶ややかでなめらかな一反です。袋帯も絶妙に合います。博多織の袋帯はシャープな切子を合わせました。
八丈織を手に入れる
今回、奇跡的に入荷した菊池さんの八丈織ですが、まさにこれは究極の絹織物の一つと言って差し支えないでしょう。また、その完成度や希少性だけでなく、着た人に確実な美しさと満足感を提供する希有な織物です。そもそも、作品が反物で存在しないため、この機会を逃すと私も紹介することはできないと思います。ぜひ、この機会を逃さず「所有する喜び」を感じていただきたいです。
似合う、似合わない、似たの持ってるわ、の議論ではありません。見逃しは絶対厳禁です。
作品担当 井上英樹